『攻殻機動隊』では、登場人物それぞれが自分の意志で擬体や機能を取り入れていて、その特殊な機能ゆえにジレンマもあるが、決して全員が「草薙素子」になっているわけではない。多様性の担保でしかリスクは回避できない、という概念は『攻殻機動隊』のシリーズ全編を通じて流れている哲学だ。
「さすがに『攻殻機動隊』の世界観でも、個人という概念は喪失していないわけで──まあ、いずれ喪失するかもしれないけれど──自分とはなにか、というのがテーマでもあるんです。つまり、個性が残っているわけ。でも、同じ個性でも『サイボーグ009』の場合では、リアルに考えたら004みたいに内蔵兵器をワンオフで開発するなんて、そんなに効率の悪いことはないわけでしょ? わざわざ指とかに武器を仕込んで、自分の指のサイズにしか合わない弾を作るとか、本来ありえないわけですよ。そもそも人間そのものに汎用性が備わっているわけだから、全員が効率のいい武器を持ったほうがいいに決まってます。ただ、全員が平均的に過ぎると多様性が下がってくるので、いろんな個性もチームには入れておこう、とか、たぶん士郎正宗さんもそこを突き詰めていった結果、主役が特殊部隊となり、最適な兵器を作戦ごとに選択し、それを平均的に操れるチームとして描いていった。あの段階で考えるリアルな設定が『攻殻機動隊』になっていったんだと思うんです」
それに対して『サイボーグ009』の9人は、全員が、自分の意志と関係なく、いわばカルマとして能力を背負わされて、しかし結局はその能力を使わざるを得ない。本当は「こんな能力なんていらないのに」とか「自分もあの能力が欲しかったのに」とか思っているかもしれないが、みな自分に課せられたカルマを使い、しかも力を合わせてチームとして機能していかなければならない。逃げ場のない状況にあるヒーロー像、ともいえるのだが……。
「でも、だから9人がそろうことによって、事を成せるということなんです。それを『友情』というテーマに集約したのが、一連の『少年ジャンプ』のコンテンツであり、そうではなくてリアリズムで描いたのが『攻殻機動隊』だったんだと思うんです。その中で、元祖である『サイボーグ009』について、いま彼らがいたら、その存在意義がどう問われていくかと考えたときに、単純な9人の個性というよりは、多国籍軍であったということが意味を持つと思ったんですね。で、なかなかひとつになれないだろうな、とは思っていたから、今回の『009 RE:CYBORG』の冒頭では、全員が自分の国に帰っていたりして、9人はバラバラになっているんです。で、アメリカ合衆国に帰っていたジェットは、世界の警察から、いまや世界のデススターとなってしまったアメリカの情報機関NSAの手先となっていた。自分はよかれと思って活動しているけれど、他の国からすれば、アメリカ合衆国こそが悪の帝国じゃないかと思われている状態です」
それはまさに、現代の縮図だ。
「それに対して日本人の島村ジョーは、専守防衛の名のもとに、なにもしないでモラトリアムを生き続けていたり……。ジョーとジェットが確執から反目することになって、おたがいが日本人とアメリカ人という立場で、もういちど対峙するシーンがあるんですけど、そういう状況からスタートさせて、いま新たな国際社会の関係性の中で、彼らこそがミニマムな国連軍である……というテーマ性は、おそらく誰も描いたことのないストーリーでしょう。ひとりひとりの能力をリニューアルすること以上に、そこが多分『サイボーグ009』をリセットして、古い時代の遺産だと思われていたタイトルを復活させるという意味で、いちばん重要な部分だなと思いました。1990年代まで、エンターテインメント作品におけるヒーローの立ち位置は、基本的に中道左派でした。国家はまだ堅固で、権力は強大だった。だからこそ、巨悪にもなり得たんですね。それが2000年代を過ぎて、いまや人類史上もっとも個人が権力を持ち、自由を得ている時代になっています。そんな時代の中で、単純に友情だけでつながるのではなく、そこに残る割り切れなさとか、わだかまりとか……それがこの時代に『009 RE:CYBORG』が存在する意味であり、それを描く挑戦がこの作品だった。1本の映画でどこまで描けているかはともかく、そういうポテンシャルが『サイボーグ009』にはあるし、機会があれば劇場版の続編なのか、TVアニメなのか、可能であればもっと突き詰めていきたいと思っています」
それが『009 RE:CYBORG』の「RE:」の部分、というわけだ。
© 2012 009 RE:CYBORG Production Committee
This is a TokyoOtakuMode original article.



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